感節10年

昨日は節分でしたが、本日は節目だったりします。
私の人生を大きく変えた出来事が…って、仰々しいなぁ( ̄∇ ̄;) 

10年前の今日は、早朝から仕事に出かける予定でした。
ところが前夜の寝床で、予期せぬ症状に見舞われてしまいます。

何が起こっているのかも把握できないまま
「このまま自分はどうなるんだろう?」という不安を抱え、
両親の部屋まで、助けを求めながら這って歩いたものです。
イメージ的には、貞子のような感じでしょうか?(←無駄に怖さを強調) 

微熱を確認し、背中を擦ってもらって、白湯を飲まされ、
漸く症状は落ち着いたものの、モヤモヤは消えず仕舞い…。
それが、初めてのパニック発作だったんですよねぇ( - ゛-) 

殆ど休息できなかったのもあり、已む無く欠勤したものの、
終日「迷惑をかけた」という想いに苛まれ過ごしたのを憶えてます。

その時点では、特に尾を引くコトもなく、
翌日以降の勤務も普通にこなせましたし、
NBAオールスターの好ゲームに興奮したり、
親戚の集まりで長崎旅行を楽しんだものです。

しかし、22日の深夜に2度目の発作を起こし、
翌、23日には会社を早退する事態にまで発展。
そこから休職を申し出るまでの2ヶ月はキツかったです。
休んだところで病気は治らず、今に至ってますけどね(・・*)ゞ 

遣り甲斐や誇りを感じられる初めての仕事が、
結果的には、最も短い就業期間となってしまいました。
情けなさと歯痒さで、凄まじく荒れた時期もあったなぁと…。

早朝から遅い時間帯まで、
日毎に目まぐるしく変わるシフト、
自律神経が丈夫じゃない私にとって、
端から不向きな職業だったのかもしれません。

この間、両親には苦労を掛け通しでした。
恐怖、動揺、憤怒、焦燥…様々な情動により
己で制御できなくなった身体と心を丸ごと委ね、
何もかもぶつけながら過ごすようになったワケで…。
戸惑う悲しげな顔を、どれだけ見てきたかわかりません。

ひたすら辛く苦しいだけだった日々も、
優しく温かい想い出へと変わりつつある昨今です。
両親や友人の支えによって生かされたとも言えます。

ベッドの傍に布団を敷き、ずっと隣で寝てくれた母。
出勤を恐れる私を鼓舞し、バス停まで見送ってくれた明け方。
欠勤した朝、心細くてたまらず何度も電話を掛け、呼び出したコト。
外出への恐怖を和らげるべく、半ば強引に連れ出された日帰り旅行。

入浴時、「怖い」と訴え続ける娘を、様々なエールで励ましてくれたコト。
薬が合わず、食欲を失った時期に、工夫しながら作ってくれた料理の味。

夜間の外出などでも、大抵は寝ずに待っててくれて、
どうしても限界だという場合には、置手紙で労ってくれて。

こうやって思い起こしてみると、
如何に自分が何も返せていないのかがわかります。
「してもらって」の連続に、不甲斐なさは増す一方(_ _。) 

これから、ちょっとずつでも形にしていけたらと思います。
「思う」ばかりじゃなく、動いてみんかいっ!(9 ̄^ ̄)9 ←己に喝 

by marooon8 | 2011-02-04 17:54 | ワタクシごと

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